東京地方裁判所 昭和42年(ワ)12630号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕本件各不動産は、昭和四〇年七月ごろ、訴外会社が所有していたものであり、訴外会社は昭和四〇年七月四日倒産し、同年七月末または八月初め、訴外会社の債権者の代表として、原告らおよび被告井岡に対し、本件各不動産を、右三名の共有とし持分権をいずれも三分の一づつとして、信託譲渡した事実は、いずれも当事者間に争いがない。信託の目的に関しては、訴外会社の再建のために、右各不動産を共同管理することが信託の目的であつたことについては当事者間に争いがない。
――中略――
……を総合すれば、次の事実を認めることができる。訴外会社は、伸鉄の製造販売を業としていたが、昭和四〇年七月資産が金五、〇〇〇、〇〇〇円程度であるに対し、負債が金二〇、〇〇〇、〇〇〇円程度に達し、不渡手形を出して操業を停止した。当初は、代表取締役加瀬淡の個人財産を処分して債務を一部弁済し、その剰余金を運転資金とし、また債権者から資金資材の提供などの協力を得て操業を行ない、会社を再建する予定であつた。ところが、鉄鋼界の不況、加瀬淡の個人財産が見込みどおりの値段で売れなかつたこと、債権者の非協力により、操業再開もできないまま約三〇名いた従業員もすべて四散し、会社再建は危機に陥つた。そうして、昭和四一年二月ごろ、訴外千代田工業株式会社が、訴外会社に貸与していた同会社柏工場の重要な伸鉄用機械を引揚げるにおよんで、訴外会社の操業再開は見通しが全くなくなり、同会社の工場は管理するものもなく荒廃に帰してしまつた。これによれば、訴外会社の再建は不可能になつたものと認められるから、本件信託は、その目的を達すること能わざるに至つたものというべきである。従つて、本件信託は、再建が不可能になつた昭和四一年二月ごろ、信託法第五六条の規定により終了した。
本件信託につき、信託財産の帰属権利者の約定があつた事実については、当事者において何らの主張、立証をしないから、本件各不動産の所有権は、信託終了により、信託法第六二条の規定によつて、委託者たる訴外会社に復帰することになる。この場合、受託者たる原告らに同法第六三条前段の法定信託を発生させるべき、原告らの職務権限および義務は、信託の最終の計算をすることおよび残余財産の権利と占有を移転し対抗要件を具備せることが考えられるが、本件信託においては、その事務は特に最終の計算をすることが必要なものであつたことについては、当事者において何らの主張、立証もせず、また、原告らが本件各不動産を占有していることについても当事者において何らの主張、立証もせず、対抗要件である登記も原告らにはない。そうすると、原告らに必要な行為は、委託者たる訴外会社に対する所有権移転行為だけということになるが、かかる観念的な意思表示行為のために法定信託の存続を認めることは、迂遠にして無意味なことである。従つてかかる場合には、信託終了により、信託財産の所有権は、特別な意思表示がなくとも、当然物権的に、受託者から委託者に復帰するものと解すべきであるから、本件各不動産の所有権は、昭和四一年二月ごろ、信託終了により訴外会社に復帰したことになる。
(岩村弘雄 原健三郎 江田五月)